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宇都宮地方裁判所 昭和52年(行ウ)4号 判決

栃木県黒磯市高砂町六番九号

原告

有限会社栃木商事

右代表者代表取締役

田中義一

右訴訟代理人弁護士

佐藤義行

小林公明

右訴訟復代理人弁護士

氏家茂雄

栃木県大田原市紫塚二六八四番地四〇

被告

大田原税務署長

鈴木誠一

右指定代理人

梅村裕司

池田春幸

高塚育昌

斉藤雅久

川崎利夫

塩井幸雄

阿島丈夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

1  原告が昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日までの事業年度分(以下「四八年度分」という。)の法人税について昭和五一年三月八日付けでした更正の請求に対し、被告が同年四月六日付けでした更正をすべき理由がない旨の処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二主張

一  請求の原因

1(一)  原告は、不動産の売買・仲介等を営む有限会社であるところ、四八年度分の法人税につき、昭和四九年五月三一日、法人税額七二万五五〇〇円とする確定申告をし、同年一二月一〇日、後記のようにこれを五九七万八六〇〇円とする修正申告をした。

(二)  次いで、原告は、昭和五一年三月八日、右申告につき更正の請求をしたところ、被告は、同年四月六日付けで原告に対し、右更正請求が法定の期限徒過後にされたことを理由に本件処分をした。

そこで、原告は、同月一五日、被告に対し異議申立てをしたが、被告が同年七月一〇日付けでこれを棄却する旨の決定をしたので、更に、同月三〇日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同審判所長は昭和五二年五月二四日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決書謄本は同月二六日原告に送達された。

2  しかしながら、本件処分には次のような違法がある。すなわち、

(一) 被告は、昭和四九年一一月一二日から、被告所部の津川道夫係官に命じて、原告の四八年度分の法人税について会計帳簿、関係書類等の調査をさせた。

(二) 津川係官は、昭和四九年一一月二六日、原告事務所で、原告代表者田中義一及び原告の税務代理人小川豪税理士の補助職員半藤精一郎に対し、右調査の結果として次の見解を示した。

(1)ア 栃木県那須郡那須町大字豊原乙字狐穴一三〇〇番四ほかの山林合計二六一二坪の売上金額を一五三九万円としているが、売主たる原告と買主(訴外蓮沼ほか二名)との間の売買契約書に表示された金額からみて、右土地売買代金は、一七〇〇万円と認められる。

イ 原告が右訴外人から買い受けた那須町大字豊原乙字沼尻二二九七番一山林五七一二平方メートルの取得金額を六三九万円としているが、前同様の理由により八〇〇万円と認められる。

ウ 原告と右訴外人との間では、ア記載の売上代金一七〇〇万円からイ記載の仕入代金八〇〇万円を相殺勘定しているので、右売上代金増差額を当期利益に加算し、右仕入額の差額を過少仕入額として当期利益から減算すべきであり、結果的に棚卸資産が過少に計上されていることになるから法人税の過少申告であると認められる。

(2) 原告は、土地重課税の申告をしていないが、昭和四八年五月二一日から同年一二月二一日までの間に一〇回にわたり取得した土地を、同年五月二二日から同年一二月二一日までの間に同じく一〇回にわたり譲渡しているから、租税特別措置法(以下「法」という。)六三条の規定に従い、法人税法の規定により計算した法人税の額に、右各土地の譲渡に係る譲渡利益金額の合計額に一〇〇分の二〇の割合を乗じて計算した金額(以下「土地譲渡益重課税額」という。)を加算した金額を法人税の額としなければならない。

(三) 原告代表者は、津川係官に対し、(二)(1)アの売買については、売主たる原告と買主との間で代金額が値引きされたので、契約書表示の代金額でなく原告の帳簿記載の一五三九万円が実際の代金額である旨主張したが、津川係官は納得せず、前(二)の見解に従った四八年度分法人税の修正申告書を被告に提出するようにとの強硬な要求をした。更に、半藤と津川係官は、原告に対し、昭和四九年四月一日からの翌事業年度において原告に営業赤字が出ると予想されるため、四八年度分の修正申告書を提出しても翌事業年度の欠損金によって事実上法人税の納付を要しないことになるから、右修正申告書を提出するよう執拗に勧奨した。

(四) その結果、原告は、(二)の(1)及び(2)について修正申告をすることとなり、原告の委任した小川税理士が、法人税額計五九七万八六〇〇円(法人税法所定の税額一九五万二八〇〇円、土地譲渡益重課税額四〇二万五八〇〇円)とする修正申告書を作成して、昭和四九年一二月一〇日、被告に提出した(ただし、被告の昭和五〇年一一月二九日付け減額更正により、法人税額合計は五〇六万六六〇〇円とされた。)。

(五) しかし、原告が昭和五〇年一月二四日に至り右修正申告書を検討したところ、土地譲渡益重課税額の計算をするにあたり、譲渡利益金額の算出について、譲渡のために直接又は間接に要した経費の額(法六三条二項二号後段)を法施行令三八条の四第六項所定のいわゆる概算法に基づいて算出していることが判明した。原告は、右経費の額につき法施行令三八条の四第八項所定のいわゆる実額配賦法に基づいて算出して修正申告書を作成するように小川税理士に要請し、その資料も提出していたので、同税理士事務所に対し概算法によった理由を問い合わせたところ、前記臨場調査の後、津川係官が半藤に対し、被告庁舎内において、「調査開始後の修正申告書の提出は更正と同じであり、実額配賦法によって土地譲渡益重課税額の算定をすることは認められないから、概算法によって修正申告するように。」と称して右課税額について計算の明細を記入した書面まで交付し、その後も概算法による修正申告書の提出を執拗に勧奨したため、小川税理士が右課税庁側の見解に従って修正申告したものであることが判明した。

(六) 自主申告制度の下では、確定申告であれ修正申告であれ、納税義務者が自ら認識した事実関係と計算した結果に従って課税標準及び税額を申告すべきところ、本件修正申告書の提出は、前記のとおり、被告課税庁の補助者たる津川係官の、誤った事実認定及び誤った法解釈に基づく、行政指導の限界を超えた修正申告の要求によるから、自主申告制度の予定するものではなく、法律の規定に従っていない申告というべきである。

(七) そこで、原告は、小川税理士(同事務所職員を含む。)と共に津川係官と数回の交渉を重ねた後、昭和五〇年三月二九日、被告庁舎内で、津川係官を通じて被告に対し、原告の四八年度分法人税につき更正の請求をする旨の意思表示をしたところ、津川係官はこれを拒否し、更正の請求書の用紙を交付することさえ拒絶した。

3  本件更正請求は、法定の期間経過後にしたものではあるが、被告は、2の(二)及び(五)に記載したように、誤った事実認定及び誤った法解釈に基づいて修正申告を強要し、いわば被告自らが課税の適正と公正を害し、納税者の実額配賦法の選択権を妨害した上、2の(七)に記載したように、適法な更正の請求を拒否し、その用紙の交付をも拒絶したものであるから、被告において原告の更正の請求を期間制限の規定に違反するとして排斥することは信義誠実の原則に照らし許されないというべきである。したがって、期間徒過を理由とする本件処分は違法であるので、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  認否

(一) 請求原因1の事実は認める(ただし、修正申告がされた日は昭和四九年一二月一一日である。)。

(二) 同2の事実について

(一)は認める。

(二)のうち、津川係官が(2)のとおりの見解を示したことは認め、(1)については否認する。

(三)のうち、修正申告書の提出を勧奨したことは認めるが、その余は否認する。

(四)は認める(ただし、修正申告書が提出された日は前記のとおり昭和四九年一二月一一日である。)。

(五)のうち、原告提出の修正申告書において、譲渡のために直接又は間接に要した経費の額を概算法(法定概算値方式)に基づいて算出していることは認めるが、その余は知らない。

(六)は争う。

(七)のうち、原告らが津川係官と数回の交渉を重ねたことは認めるが、その余は否認する。

(三) 請求原因3は争う。

2  主張

(一) 原告が、本件修正申告書を提出した後、更正の請求をし得る期間は、四八年度分法人税の法定申告期限である昭和四九年五月三一日から一年以内の昭和五〇年五月三一日までに限られるところ、原告が本件更正の請求をした日は昭和五一年三月八日であるから、法定の期間を徒過した不適法な請求であることが明らかである。したがって、「本件更正の請求には更正すべき理由がない」旨の決定をした被告の処分は適法である。なお、更正の請求が法定の期間経過後にされた場合において、税務署長が明らかに不適法な当該請求を適法なものとして処理すべき義務が信義則上生ずると解する余地がないことはいうまでもない。

(二) 本件更正の請求は、以下の理由によっても理由がない。

国税通則法二三条は更正の請求ができる場合を規定しているが、これによれば、納税申告書の提出により確定している納付すべき税額が過大であることのみでは更正の請求ができる事由とはならず、同条一項一号の規定によれば、税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当額税額が過大である場合でなければならない。そして、「国税に関する法律の規定に従っていなかったこと」とは、当該規定に従わなければならないとされている場合にその規定に従っていなかったことをいうのであって、当該規定に従うか否かが納税者の意思にかかわるものとされている場合にその規定に従わなかった場合を含むものではなく、したがって、所得計算の特例措置について一定の事項の申告等をその適用の要件としている場合に、その申告等がなかったためにその申告等があったときに比して納付すべき税額が過大となっているとしても、その納付すべき税額は更正の請求の対象とならないものである。

これを本件についてみると、法六三条、法施行令三八条の四第六ないし第八項によれば、土地の譲渡のために直接又は間接に要した経費の額については、原則として概算法によって計算することとし、法人が実額配賦法によりたい旨を法人税申告書において明らかにしたときは実額配賦法によることができるものとされているのであって、原告が右経費の額について実額配賦法を選択することなく、概算法によって計算し申告したことは、国税通則法二三条一項一号の定める事由に該当しないというべきであるから、右選択の変更を理由として更正の請求をすることが許されないことは明らかである。

なお、原告は、後記のとおり、法六三条二項二号で政令に委任されているのは「経費の額」についてであってそれ以外のものは委任されておらず、法施行令三八条の四第八項で法人が実額配賦法を選択する場合は法人税申告書に記載しなければならない旨規定しているのは、法で定める以上の厳格な要件を政令で定めたものとして無効である旨主張するが、課税要件についての基本的事項は法律で大綱のみを定め、それらの細目的な規定については法律の定める範囲内で政令に委任することは、税法の性格上許容されるべきであり、かつ、極めて必要性が大きいところ、法に定める大綱を施行令において具体化するにあたって、土地譲渡経費の計算につき、概算法によることを原則とし、合理的に計算し得る場合に限って実額配賦法を選択できる旨定めたことは、大量的かつ回帰的に処理される申告納税制度下においては、実務執行上必要であり、かつ、納税者の便宜にも合致するというべきであり、実額配賦法を選択する場合には合理的な計算方法を採ったことを法人税申告書に記載することは当然のことであるから、施行令において右要件を設けたことは、法の委任の趣旨を超えるものではなく適法有効といわなければならない。

(三) 本件修正申告書が被告に提出された経緯は以下のとおりであり、その提出は原告の任意の意思に基づいてされたものである。

(1) 被告は、原告から提出された四八年度分法人税確定申告書に土地重課税の申告もれがあったので、津川係官に命じ原告の法人税調査に着手させたところ、津川係官は、昭和四九年一一月二六日の臨場調査終了後、原告に対し、調査結果を私見として次のとおり述べた。

ア 請求原因2(二)(1)記載の各土地売買に関し、帳簿記載の売上金額及び取得金額と契約書等の書類の金額との間に開差があり、契約書の金額を採れば帳簿の記帳誤りと認められ、結果的に棚卸商品土地の金額が過少に計上されていることになり、法人税の過少申告であると認められる。

イ 請求原因2(二)(2)記載のとおり土地重課税の申告もれがある。

(2) しかし、津川係官は、調査の結果を上司に復命し、その内容について上司と共に検討した後でなければ正式見解として納税者に示してはならないことになっていたため、当日は修正申告のしようようはしなかった。

(3) 津川係官は、昭和四九年一一月二九日、調査の結果について被告への復命及び決裁を了したので、半藤を通じて小川税理士に対し、原告の法人税の申告が過少申告であることを被告の正式見解として述べ、右見解を原告に伝え原告が納得したならば修正申告書を提出されたい旨のしようようを行った。その際、津川係官は、原告の便宜のために、原則的かつ簡便な計算法である概算法によって土地譲渡益重課税額を算出した計算メモを半藤に示したが、一例として示したものであって、概算法によることを強要したものではなく、また、実額配賦法を選択することを禁じたものでもなかった。

(4) 小川税理士及び半藤は、被告からの右修正申告のしようようを正当と考えて原告を指導し、原告も右の指導を受け入れ、その結果として、本件修正申告書が被告に提出されたものである。

三  被告の主張(二)に対する原告の反論

被告は、土地譲渡経費の額については、原則として概算法によって計算することとし、法人が実額配賦法によりたい旨を法人税申告書において明らかにしたときは実額配賦法によることができる旨主張しているが、法にはその旨の規定がなく、法六三条二項二号で政令に委任されているのは「経費の額」についてであってそれ以外のものは委任されていない。よって、法施行令三八条の四第八項で法人が実額配賦法を選択する場合は法人税申告書に記載しなければならない旨規定することは、法で定める以上の厳格な要件を政令で定めたものとして無効である。更に、概算法によって経費の額を算出するときは、負債利子の額として一〇〇分の六(法施行令三八条の四第六項一号)、販売費及び一般管理費の額として一〇〇分の四(同項二号)の経費額しか認められないが、この経費率は何らの合理的根拠もなく、法で委任された合理的政令制定の裁量権の限界を超えた違法がある。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第一四号

2  証人半藤精一郎、同小川豪、原告代表者本人

3  乙第一、第二号証、第四、第五号証、第六号証の一、第七号証、第九、第一〇号証の成立はいずれも認める。その余の乙号各証の成立はいずれも知らない。

二  被告

1  乙第一ないし第五号証、第六号証の一・二、第七ないし第一〇号証

2  証人津川道夫、同小川豪

3  甲第一、第二号証、第五号証、第七号証、第八、第九号証、第一一ないし第一四号証の成立はいずれも認める。第五号証、第八、第九号証の原本の存在も認める。その余の甲号各証の成立はいずれも知らない。

理由

一  請求原因1の(一)(ただし、修正申告のされた日を除く。)及び(二)の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第四号証によれば、右1の(一)記載のとおり原告が修正申告をしたのは昭和四九年一二月一一日であることが認められる。

二  ところで、法人税につき過大に税額を申告したことを理由に更正の請求をすることが許されるのは、法定申告期限から一年以内に限られる(国税通則法二三条一項本文)から、原告は、四八年度分法人税について更正の請求をするには、その確定申告期限である昭和四九年五月三一日(法人税法七四条一項)から一年である昭和五〇年五月三一日までにすべきところ、原告がこれをしたのは、当事者間に争いのない請求原因1の(二)掲記のとおり昭和五一年三月八日であって、右請求期限を大幅に徒過していることが明らかである。

原告は、被告が誤った事実認定及び法六三条に対する誤った解釈に基づいて修正申告を強要し、適法な更正の請求期間内に原告が申し出た更正の請求を拒否し、正式の更正の請求をするための用紙の交付すら拒絶したから、被告において原告の更正の請求を期限経過後の請求であることを理由として却下することは信義則上許されない旨主張する。

しかし、前記のように更正の請求をし得る期限を規定しているのは、申告納税制度は、納税者の自主的申告に租税債務確定の効果を認め、これに基づいて納付、徴収の手続を進めることを予定した制度であって、申告後相当期間を経過した後に、その効力が争われてこれが否定されることになると、申告に基づいて行われた手続もすべて覆ることになり、毎年大量の事務を迅速に処理することが要請されている税務行政の円滑な運営を著しく阻害し、申告納税制度の根幹を揺るがす結果となるので、一般に行政処分について不服申立期間ないし出訴期間を法定し、右期間経過後は原則として当該処分の効力を争えないものとするのと同様に、更正の請求についても、一定の期間に限ってのみこれをし得ることにしたものと解するのが相当である。したがって、仮に、原告主張のような強要等があったとしても、それが修正申告の効力を否定すべき瑕疵となり得ることがあるのは格別、更正の請求の期間徒過の瑕疵を治癒するいわれのないことはもとより、そのような瑕疵を理由として当該更正の請求を排斥することが信義則に違背するとしなければならない理由は全く存しないというべきである。また、更正の請求は、一定の事項を記載した書面を提出してすべきものである(国税通則法二三条三項)から、仮に原告主張のように所定の期間内に口頭で更正の請求をしたとしても、同条にいう更正の請求があったものと解することはできない。

なお、原告が、被告の係官に対し、前記更正の請求の期間内に更正の請求をする旨の明確な意思表示をし、更正の請求の用紙の交付を申し出たのに、被告の係官がこれを拒む等被告が原告の更正の請求を妨害したような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告のその余の主張事実の存否について判断するまでもなく、本件更正の請求は不適法なものであって、本件処分には原告主張の違法は存しないというべきである。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥平守男 裁判官 赤塚信雄 裁判官米山正明は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 奥平守男)

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